〔イベント〕
2016年2月26日(金)
18:30 開場、20:00 トークスタート(2時間30分程度)
19:30~ 三上ナミによる柴田英里個展開催記念特別ライブあり(30分程度)
「女は子供を生まなければ一人前と扱われないのか?」
柴田英里
ゲスト:中村うさぎ(作家)、牧村朝子(タレント、文筆家)
ライブゲスト:三上ナミ(歌手)
スペース地下
〔概要〕
「女は子供を産まなければ、一人前扱いされないのか?」
社会的に成功した女性に対して、「でも、あの女はブスだ」とか「でも、あの女は結婚できていない」とか、「でも、あの女は子供を産んでいない」といった呪いの言葉が投げかけられるところを見る度に、そう思ってきました。
日本のフェミニズムでも、生命の管理が女性に委ねられること(女性が妊娠すること)が懐疑されることは、1990年代のサイボーグフェミニズムを除いてほとんどありませんでしたし、女性=産む性ということを賛美したり特権化するものはあれど、「産む」という属性を女性から切り離すような考え(例えば人工胎盤)や、どうでも良くするということは、なかなか思考されないように思います。
芸術やテクノロジーの領域でも、「妊娠・出産」は、言祝がれるべきこと、として表象されることがほとんどです。
女性には「産む自由」と「産まない自由」があるはずなのに、後者が前者に比べて思考されにくいのはなぜなのでしょうか?
もちろん、少子化問題などの社会問題への配慮もあるでしょうが、であるからこそ、「産む自由」が権力と結びつき、「産まない自由」を選ぶ権利を侵害することへの危惧を考える必要があると思うのです。
「マイノリティーがより自由に生きること」「性別や指向などによって、不当に扱われないこと」、いつも、それらのことばかり考えてしまいます。
ジェンダーギャップ指数世界104位の日本において、女性が自分らしく生きることは、まだまだ難しいです。
2月26日金曜日、ゲイの夫を持ち、現在闘病されている中村うさぎさんと、フランスで同性婚をしたタレントで文筆家の牧村朝子さんをゲストにお迎えして、そんな世の中でも自分らしく生きることや、ヴァージニア・ウルフの『自分だけの部屋』のような、女性と仕事について、「女は子供を産まなければ結局一人前と扱われないのか」という問題について、そして、「私たちはどのように生きて、どのように死ねば満足するのか」ということについて鼎談したいと思います。
(イベントでは、歌手の三上ナミさんの特別ライブもあります!)
messy共催特別イベント
「女は子供を生まなければ一人前と扱われないのか?」
……自分だけの部屋、女・仕事・死。
〔出演〕
ゲスト:中村うさぎ(作家)、牧村朝子(タレント、文筆家)
ライブゲスト:三上ナミ(歌手)
〔予約〕
http://peatix.com/event/147244/view
Creator
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SHIBATA Eri / 柴田 英里
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NAKAMURA Usagi / 中村 うさぎ
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MAKIMURA Asako / 牧村朝子
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MIKAMI Nami / 三上 ナミ